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札幌高等裁判所 昭和28年(う)184号 判決 1953年6月30日

控訴人 被告人 沢谷和夫

弁護人 村部芳太郎

検察官 金沢清

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四拾日を原判決の本刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人村部芳太郎及び被告人の控訴趣意は、各提出にかかる控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点(理由のくいちがい)について

所論の要旨は、樽田義朗が金品強取の目的を以て青木仁助を欧打した旨認定しているが、原判決挙示の証拠を以てしては同人が右のごとき目的にて同人を殴打した事実を認めることはできない畢竟原判決は理由にくいちがいあるものというのであるが、原判決挙示の証拠を綜合検討すると原判示事実を十分認めるに足り、原判決にはなんら所論のごとき理由のくいちがいなく、又訴訟手続に法令違背の違法はな、。論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意(事実誤認)及び弁護人の控訴趣意第二点(事実誤認)について、

按ずるに刑法第二百四十条前段の罪は強盗の結果的加重犯であつて単純一罪を構成するものであるから、他人が強盗の目的を以て暴行を加えた事実を認識してこの機会を利用しともに金品を強取せんことを決意し、茲に互いに意思連絡の上金品を強取したものは、仮令共犯者がさきになしたる暴行の結果生じたる傷害につきなんら認識なかりし場合と雖も、その所為に対しては強盗傷人罪の共同正犯を以て問擬するのが正当である。しかして原判決挙示の証拠を綜合すれば、被告人は昭和二十八年一月二十四日午前一時過ぎ頃樽田義朗外一名と飲酒して札幌市南一条東四丁目の電車通を相前後して通行中、樽田義朗が金品強取の目的を以て通りかかつた青木仁助の顔面を殴打し「金を出せ」と要求しているのを知つて、自己もこの機会を利用して金品を強取せんことを企て、直ちに樽田と協力し茲に同人と意思連絡の上先ず青木から同人所持の金七百円を奪い、更に樽田が青木の左腕を抑え、被告人が青木のはめていた腕時計を外してこれを強奪し、その際樽田の暴行により青木の右眼部に治療一週間を要する打撲傷を負わしめた事実を認め得べく、原判決認定の事実もその判文において些か明瞭を欠くところがあるけれども、その趣旨とするところは畢竟右と同じである。しからば、被告人の所為は冒頭説示の理由により強盗傷人罪の共同正犯にあたること勿論であつて、原判決には事実の誤認なく、所論には賛同し難い。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、刑法第二十一条を適用して当審における未決勾留日数中四拾日を原判決の本刑に算入し、刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い当審における訴訟費用は被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊谷直之助 判事 成智寿朗 判事 笠井寅雄)

弁護人村部芳太郎の控訴趣意

第一点原判決は、証拠によらずして事実を認定した理由そごの違法がある。

原判決は犯罪事実として「(前略)被告人樽田は通りかかつた青木仁助(三十九才)を認めるや同人を殴打して金品を強取しようと考え、被告人沢谷とならんで歩いていた青木の顔面をいきなり右手で殴りつけてその場に転倒させた」と認定し、右樽田被告人が青木仁助を殴打したのは金品強取の手段であつたと判示しているが、原判決挙示の全証拠を個々に精査して見ても右事実を認定し得る証拠はなく、又綜合判断してもこれを認定することは不可能である。

かえつて、樽田被告人は、検察官に対する第一回供述調書中において、「私の前に歩いて行つた沢谷が、前述の名前の知らない人と何か大声で話をしていたので、私はうるさくなりうるさいと云つて同人の左側から右手で同人を一回殴りました。(中略)そこで私と沢谷と二人が引起しました。すると同人は、私に呑み代のお釣りだといつてオーバーのポケツトから二ツ折にした金を出したのでこれを貰いました。(中略)問 金を受け取る前金はないがいることがあるので出せといつた事実はないか。答 さようなことは云わないが、金を貸せと云つた記憶はあります。」(記録第七十五丁七十六丁)と供述し、右殴打は金銭受領と何等の因果関係がないことは明らかである。樽田被告人は司法警察員に対する第一、二回供述調書においても一貫して右同趣旨のことを供述しているのである。(第六十八丁七十一丁)

沢谷被告人も右の点に関し、司法警察員に対する第一回供述調書において「一番後から出て来た樽田が、私の横を通り越して、いきなり杉山が話し合つて居た酔払いの男の前に廻つて「お前何ゴタ(文句)を云つているんだ」と云つて殴りました。(中略)「こんな所に倒れていても仕方がない」といつて一緒に右側の道路に上つて東に向いて歩いて行きました。二三歩行つた位で、樽田が酔払いの男に「煙草銭を貸してくれ」と云つたのです。そう致しました処、其の男の人は「飲んだつり銭がこれだけしかない」といつてオーバーのポケツトから金を出して樽田に渡しました」(八十一丁)と樽田被告人同様に右殴打と金銭の要求とは全く別行為であつて、樽田被告人は青木仁助を殴打してより暫くして金銭喝取の犯意を生じたものであることを明瞭に供述し、同人の検察官に対する第一回供述調書中にも右同趣旨のことを供述しているのである。(第八十五丁八十六丁)右の状況は、更に杉山勇の司法警察員に対する第一回供述調書第十三項において裏付けられているのである。(第五十三丁)

右三人の供述と喰い違つているのは、被害者青木仁助の原審公判廷における証言である。そして同人は通常清酒三合位の酒量であるのに、当夜は二人で清酒二升、ビール五、六本も呑んでいたのであるから(第百五丁)当時の情状を明確に知悉している筈がなく、信用性の薄いものであることは公知の事実である。しかるに原審が前記判示事実を認定した証拠を検討する時に原審裁判所が右青木仁助の証言のみ採用していることは明白である。

しかしながら、右青木の証言を以つてしても、当時樽田被告人が強盗の意思を持つて、青木所有の財物奪取の手段として、同人を殴打したとの犯意を認定することは不可能である。これを最も悪意に解釈しても「疑わしい」とより以上には認定することはできないにも拘わらず、これを無視してその犯意を認定した原判決は実験則に反するものであることは多言を要しないのである。して見れば原判決は虚無の証拠によつて事実を認定した理由そごの違法があるに帰し、原判決はこの一点において破棄を免れないのである。

第二点原判決には事実の誤認があつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明かである。

前述の如く樽田被告人が青木仁助を殴打、傷害した行為が強盗の手段とは全然無関係なことが明白である以上沢谷被告人の責任は、青木仁助から強取した責任のみに限定されるわけである。

沢谷被告人の検察官に対する第一回供述調書、証人青木仁助の証言によれば、その際樽田被告人が青木の手首を押えつけ、沢谷被告人がその時計をはずしたことが認められるから(第八十六丁第百三丁)、本件においては、沢谷被告人は、単純強盗罪の責任を負えば足りること明白である。

よつて刑事訴訟法第三百七十八条第四号、第三百八十二条により控訴を申立てた次第である。

(被告人の控訴趣意は省略する。)

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